懇親会での熱演、曲は「コットン・フィールズ」 |
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みんなに知って欲しくなるユニークな同窓生、 がんばってる同窓生を紹介します。 |
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第12回 カントリー&ウエスタン ゲイリー田中 こと 田中茂さん(3期生) |
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人生、すべて通過点。勉強したいことはまだまだあります。 |
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今年(2012年)6月24日、江風会懇親会は「カントリー&ウエスタン」の熱いライブで始まりました。 この演奏者が、今回紹介する3期生、田中茂さんです。 実はお会いする前から、私は田中先輩に圧倒されていました。 昨年10月に、懇親会での演奏をお願いし、 ボランティア出演を快諾してもらえました。 バックプレイヤーをどうするか?、会場は? 音響は? 使用する機材は? などなど、 半年間、Mailでのきめ細かいやりとりが続きました。 ライブ経験のない私に丁寧な説明を付け加え、最後に、 「多少神経質なのは、ライブを成功させたい気持ちからです」のひと言が。 岐阜県大垣にお住まいの田中さんは、懇親会前日から来阪、 知り合いのスタジオを借りて、友人の岡田幸夫さん(エレキギター奏者)と音合わせ、夜は大阪のホテルに宿泊されました。 この費用全てが自前でした。 また当日は、会場に朝早くから来られて、音響のチェックも。 私はライブにかける先輩の心意気に胸を打たれました。 音楽に対する真摯な姿勢と圧倒的なパワーの源を知りたくて、私たちは大垣の田中先輩のマンションを訪問しました。 同行者は江風会副会長、11期生の松本恵美子さんです。 |
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(児玉) | |||
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カントリー音楽との出会いは友との再会から | |||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||
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毎日ボーカルやギターの練習を欠かさないという田中さんは、現在71歳です。 大学時代に出会ったカントリーミュージックとは、すでに50年連れ添いました。 がむしゃらに突っ走った証券マン時代も、 リーダーとして、赤字の工場を立て直したセンター長時代も、 忙しすぎてライブ活動ができなかった歳月でさえも。 田中さんの胸に秘めたパッションの源流を探るべく、私たちのインタビュはスタートしました。 −カントリーミュージックの世界に入られたきっかけは? 大学2回生の時、高校時代の友人の清水孝悦くんと河原町行きのバスの中でばったり再会、その時に彼はギターを持っていたんですね。 僕は立命館やけど、彼は同志社でした。 「なんでギター持ってんの?」と聴いたら、「同志社で軽音やっていて、マジカルプレイボーイのメンバーや」というんです。 「じゃ、一回見に行ってもいいか?」と、練習風景見に行って・・・。 そこでカルチャーショックを受けました。 「やれるんや!」と思いました。 それまでも音楽は好きで、ポール・アンカ、ダニー飯田とパラダイス・キング、飯田久彦、山下敬二郎なんかをよく聴いていたけど、それを清水くんが「やってるん」です。 清水くんが高校時代にそんなんやってると知らんかったんで、びっくりしました。 「わしもやれるか?」と聴くと、清水くんは「田中、お前はセンスあるからやれるで」と答えてくれて、 じゃ、とさっそく中古のギターを買い求め、ボーカルをやることを目標に練習を始めました。 (自分の大学の)立命館ではなく、同志社のメンバーと一緒に活動を始めたんです。 −ええっ、立命館ではなく同志社のメンバーと一緒に? そうです。 上の写真は、追手門の関電ホールでやったライブですね。 僕はドラムなんですよ。 ボーカルやりながらドラムもやっています。 −石原裕次郎の「嵐を呼ぶ男」みたいですね。 このライブは赤字でね。 自分たちでバイトして返したんですよ。 |
履 歴
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左から二人目が清水さん、右端が田中さん |
その後、梅田の曽根崎新地のレッドアローというライブハウスで演奏することになり、 週2回の演奏では、ギャラももらってましたね。 ここでは3〜4年やりました。 その時は社会人になってました。 −清水さんとの出会いがなかったら、カントリーミュージックやってはれへんかったかもしれませんね。やはり良い出会いに恵まれたんですね。(松本) |
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